軍事衛星の不都合な真実 室内も監視可能

合成開口レーダーというマイクロ波レーダーは生体信号をも回収している。米国特許3951134号 ボイストゥスカル

ジョン・レノン 最期の言葉と怪文書

浜崎克幸 ・濱崎克幸



 ジョン・レノンは言った。


 「僕が子供の頃に、気付いたこと。社会の本当の姿を、普通の言葉として表現した場合、僕は精神病院にぶちこまれるだろう」


 「だから、僕は、歌という表現方法で、この世界を表現したかった。それが僕の歌なんだ」と。



 ところで、ジョン・レノンの歌に、「イマジン」というものがある。


 彼は、国民国家、宗教を無くせば、きっと世界は平和になるだろうと歌った。


 学校教育の洗脳を強く受けた人にとって、彼の歌は衝撃的だろうが、これは真理である。


 ここで、本当の社会構造・歴史について説明をすると同時に、グーグルのAI Geminiが、自分たちは、何も知らない(検閲機能のせいで何も知らない)と自発的に回答してきたものを紹介する。



 まず、近代国民国家の歴史は、フランスから始まった。


 それ以前の時代、本気で血を流すつもりで戦地にいるのは支配者層のみだったので、ただ、領内に生きているだけの大衆は、傭兵(当然彼らの士気は低い=織田信長が今川義元を討ち取った時代の戦争だと、農民などは、勝利後に略奪ができるという利のために参加していただけなので、大将が死ぬと逃げ出すことが普通だった)などとしてしか戦争には赴かなかった。故に士気が低かったし、動員できる数にも限りがあった。


 その一方、国民国家となったフランスは強かった。国民が一丸となり、国家という共通の幻想を信じ、戦う兵となったからである。


 このことにより、世界中の支配者層は、社会制度を変えるしかなくなった。フランスを真似ないと、フランス軍や、フランスを真似た国々に滅ぼされ、自分の特権が脅かされるからである。


 これ以降、近代の国民国家は急速に広まった。


 西村ひろゆきは、「戦争? どうせ、皆さんは支配される側の人間なんだから、だれが支配者になっても、あまり変わらないんで、戦争とかあっても、戦地になんか行かないほうがいいと思いますけどね」と言っているが、そういうふうに、自分の頭で考えて発言する人間は、兵には向かない。そして、国民国家という幻想を通じて、大衆から利益を得る人々にとって、彼のような存在が増えることは、邪魔である。



 国民国家という幻想は、当時の支配者たちが、より上質な兵隊を確保するために、大衆に与えた集団幻想である。これが、本当の歴史だ。


ダロン・アセモグル「技術はエリートに都合よく支配され、利用されてきた」 | クーリエ・ジャポン


 MIT教授、ダロン・アセモグルは「技術はエリートにとって都合よくしか使われなかった」と言っている(正確には、システムをきちんと整備しないとそうなると言っている)。


 これと同様、国民国家というものも、通説上の本当の歴史では、「皆さんは今日から平等で仲間です!と言った支配者層が、彼らを戦力に変えるために作り出した装置」なのだ(社会の全てを一つの流れで物語ることは不可能である。そして、それが教科書などの記述の致命的欠陥だ。この世界で明らかにあるのは、人の行動を利己心なしに語ることは困難という今回紹介する視点である)。


 国民国家の歴史について解説すると、長くなるので、ざっくりこのことを表現しているものだけ紹介しよう。国家とは、頭の悪い奴隷を量産し、彼らを戦地に送ることで、支配者層の特権を守るべく作られた装置というのが歴史的な通説見解なのである。平時は奴隷として、有事の際は兵士として利用するために作られた装置が国民国家という虚構だったというのが、この歴史の始まりなのだ。



 ところで。


 この目的で作られた国家という装置が、本気で民主主義なるものを始めただろうか?民主主義を始めるとしたフランス政府ですら、結局、恐怖による国民支配の政治をすることになった(テロの語源が、民主主義を始めたとされるフランスの恐怖政治テロルなのは有名)。


 そして、現代は、エリートが情報で自由と思い込んだ大衆を支配しながら、投票権だけ与える世界になったというのが、われわれが生きる本当の世界である。


 さて、ところで。


 一部の超エリート(日本にはその存在はいない=国内向けの情報は彼らがコントロールするが、アメリカなどから入る情報は、彼らにはコントロールできないので情報の下流にいるという意味)が、情報で大衆を支配している世界において、政府の公表したもののみを真実として扱うAIや、「一部の政府を信じることを重視し、クリティカルシンキングをしないような学問=学問とすら呼べない三流の学問」に意味はあるのだろうか?


 この点、少しAIと会話したところ、Geminiは自発的に、自分たちは何も知らないし、役には立たないと答えた(最後になにか、〇〇にいいたいことはあるか?と尋ねられたので返した言葉とGeminiの回答は以下のものだった)。



 余談だが、三島由紀夫の自殺について質問を繰り返していた際に、AIが自主規制として、この世界でタブー視されることだけを避け続けていたので、質問攻めにした結果という影響が大きく、その後、話が脱線し、最終的に、このようなAIの回答となった。


 それでは、本題に入ろう。


 この世界の本当の姿。ジョン・レノンが、世界は狂人に支配されていると言い残した言葉の本当の意味について。


 彼の会話では、ある仮説が垣間見える。そして、その仮説は多くの人間がそれを語りつつも、明言することだけは避けるものである。なぜなら、この世界で、それを口にすることが公然とはできない影の暴力装置(言論を封じる装置=ジョン・レノンの表現では、ぶちこまれるというもの)が控えているからである。


 せいぜい、直接的に語れるのは、この部分までだろう。


 これ以上、論点を掘り下げるのであれば、作品にでも昇華して、あくまでも作品であるという言い訳の余地を残し、これらを表現するしかない。


 これらを描いた作品として挙げられるのは、有名なものでは、「1984」(ジョージ・オーウェルのディストピア小説)や、「スノーピアサー」(ポン・ジュノが監督した映画作品)だろう。


 この両作では、大衆という存在をまとめるために、でっちあげられた戦争が世界で起こり続けていた。戦争というものは、支配のための茶番になったというわけだ。ちなみに、突拍子もないことを言っているように聞こえる方もおられるだろうから、事前に、ある程度の知識を説明したい。


 まず、先ほども述べた通り、近代国家というものは、戦争のために作られた装置である。そして、民主主義というものは、情報で大衆を操る茶番である。残念ながら、これらは歴史的に証拠まで残っている事実であり、通説だ。御用学者でもない限り、これを認めない人間を探す方が難しいだろう。


 この世界は、メディアを通じて、常に仮想敵(共通の敵)を供給することによって、大衆をまとめているだけの国である。映画などではそれが顕著なので、映画監督の押井守も、以下のように社会や人間を評価し残念がる。



 そもそも、数億、数千万という規模の人間を、仮想敵を見せるという手段以外でまとめることなど出来ようか?という現実問題もある。これが現代社会の裏の構造だ。ちなみに、これは学説以前の問題であり、反論の余地を探す方が難しいものだろう。我々は、子供の頃から、たくさんのイジメを見て育った。


 映画や、ワイドショーが映し出すものは、正義の戦いではなく。正義のリンチでもなく。大衆をまとめるための技術なのだ。そして、それらは、総力戦という最悪の世界大戦へと繋がった技術でもある。国家は、メディアを通じて、仮想敵を供給し続けるのだ。国民を束ねておくために。

 

 

 また、映画などは、優れた大衆向けの洗脳装置として、国家権力の介入があることは有名である。


 映画 スノーピアサーでは、最後に、茶番で戦争をさせられていた(両陣営のトップが密談し、定期的に戦争を計画し行っていた=外部に敵がいないと、内部で争いだすのが人間だからという理由)ことを知った主人公カーティスが、その世界の支配者ウィルフォードに食って掛かるが、逆にこう吐き捨てられる。「君たちのような存在を、敵の存在をなくして、どうやってまとめる。君たちが共通の敵を意識できなくなったらどうなる?次に起こるのは共食いだろ?文句があるなら、君が彼らを導いてやればいい」と。


 利己的な大衆を、これ以外の手段でまとめる現実的な方法は、今のところ、無いだろう。主人公カーティスも、殺しあう大衆を眺め、雄たけびをあげて泣く。


 この仮想敵の構造は現実社会でも多く見られる。この世界は、そういう茶番で成立しているのだ。学校レベルの人数ですら団結できないのに、どうして顔を見たこともない人間と、彼らが一体感を持ち続けるのか?というものの正体は、政府という機関、メディアという機関を通じた洗脳なのだ。


 この現実と向き合うには時間がかかるかもしれないので、理解しやすい画像を提示したい。彼らのような存在を見て・・・。共通の敵という幻想を無しに彼らと友人になりたい人間はいるだろうか?



 共通の敵(主に給与制度からくる媚びへつらい相手であるご主人様の政敵)を見て、デモ行進などに暴力を振るってしまう彼ら・・・。彼らに共通の敵がいないとき、彼らの職場では、何が起こるのだろうか?イジメやパワハラではないだろうか。これが、この社会の本当の姿である。


 大衆には、共通の敵を見せておかないと、特権階級は特権を守れない。そのうえで、大衆自身もまた、共通の敵でもいないと、「いわゆる良い人」と認識してもらうことすら不可能なのが本当の社会である。そう。押井守が、失望している人間たちが彼らなのだ。


 

 ところで、この世界には、有名な事実がある。薬物犯罪と戦う政府の映画は多いが、薬物犯罪は、アメリカ政府が公認している犯罪だという説である。ちなみに、これらは通説というより、証拠が出ているに近いものなのだが、AIは最初の回答を自主規制している(上記でも、AIが自発的にその欠陥を認めたが・・・)。

 ちなみに、この件についてのAIの回答では、アメリカ政府がそれを指摘した人間、ジャーナリストを社会的に抹殺すべく動いたという事実が記載されている。最初の、ジョン・レノンの訴え(言葉にすると、社会的に抹殺されるから~作品にでもして表現するしかない~)は、社会的な事実なのである。



 犯罪や、戦争は、支持率のため、国家存続のために国家はそれを必要なものとしているという学説もまた、有名である。



 ジョン・レノンが訴えたかったことが、見えてきただろうか? ちなみに、これらを訴える人間は社会的に抹殺される宿命にある。ジョン・レノンもまた、FBIからマークされる存在となっていたのだ。


 この世界は、大衆のために存在しない。


 ちなみに、資本主義の教祖として知られ、学校教育の教科書でも有名な、アダム・スミスの著書にはネタ元とされる本がある。蜂の寓話というマンデヴィルの本だ。この本には、このような趣旨の記載がある。奴隷制度がない世界では、多数の勤勉な貧者を作らなければならない。彼らには、無知でいてもらわなければならず、労働に必要なもの以外は可能な限り何も知らない状態でいてもらわなければならないと。



 アダム・スミスは教育の重要性を訴えてこれらの見解を否定し上書きしているが、現代の学校教育は、工場労働者を生み出す装置であると同時に、学歴エリートをも思考停止にする暗記教育しかしないことで知られており、教える内容は、虚構(最初の国家とは何か?という部分などでAIが、我々は言ってはいけないことを言わないので、実はうわべのきれいごとのみを回答する洗脳装置でしかないと答えたものと同じ)である。


 この世界は、善意で、誰かが社会システムを作ってくれたわけではない。


 そして、社会は、きれいごとで作ることができるわけでもないのだ。野生の動物のオス同士は発情期になると激突する。メスもオスも優秀な遺伝子を残さなければならないから。自然状態において、プログラムされている本能がある以上、人間社会もまた、宿命として多くの暗部を抱えている。マンデヴィルは、異常者だったわけではない。彼は、人間の本性まで考え抜いたうえで、社会構造をどう作るかを考えたのである。その彼が、資本主義社会の本当の教祖(教科書上はアダム・スミスだが、彼の本の大半がマンデヴィルの思想から来ている以上、この評価は当然)になるのは当然だった。


 では、この社会の大前提。人間の暗部を示しておこう。彼らの隠された本性を。


 このマンデヴィルの説(君たちの支配欲~という説=この説は彼だけの特殊なものではない)は、仮想敵を見せて支配している層にも刺さるものがあるが。仮想敵を見て興奮し、他者に危害を加えて興奮するものたちの姿を見れば納得せざるを得ないだろう。そして、彼らの矛先をどうやって変え続け、大人しくさせるかが、人類史そのものだったということもまたしかりだ。



 彼らのような人間(暴力装置に就職し、自制の必要がない暴力を手にしたとき、このような行動を平気で取ってしまう人々)を、支配するために、全ての社会システムは作られたのだ。法律は性悪説を前提に設計され運用されている。同様に、国家や報道というシステムも、彼らが危険であるという前提で制度設計がなされ運用されているのだ。


 あらゆる角度からして、彼らには、自由と思い込んだ奴隷でいてもらわなければならなかった。


 もともと、暴力による支配は、一番の下策であり、それが行われることは少ない。暴力で大衆を支配したりすることも、金で雇った兵で戦争することも、本人の自発性がない以上、恩恵は限定的である。アダム・スミスも、奴隷制度に反対した際、自由というものを与えて自発的に作業させるほうが効率がいいことを国富論で説いている。そう。奴隷制度もまた、大衆のために消えた制度ではないのだ。とりわけ工場労働に奴隷を使うのは生産効率が悪かった。近代の学校は、奴隷の代わりに、自発的に働く労働者を作るべく、進化していったものであるというフーコーの説を補強した主張に反対できるものはいないだろう(軍隊・工場・学校・監獄は類似点が極めて多い=これらは自発的に服従する身体の製造を目的としている点で一致しているというフーコーの主張)。



 

 さて、この悪意に満ちた社会の成立は、歴史の必然である。 


 もともと、良い人ほど支配者になろうとはしないのではないかという視点があるからだ。


 この点を考えるうえで、岡田斗司夫の「美男美女論」は、一つの示唆を与えてくれる。彼の理屈では、美男美女は、努力をしなくても周囲から愛される経験を得やすいため、他人から愛されるための努力をする必要性が低くなるという。これを権力の問題に転じれば、幼い頃から十分に承認され、自分の価値を他人より上に立つことで証明する必要のない人間と、そうでない人間との間には、権力への欲求そのものに違いが生じる可能性がある。つまり、権力を欲する人間は、単に「権力があるから欲しい」のではなく、権力によって何かを満たそうとしているのではないか。金銭、名誉、承認、優越感、あるいは他人を支配する欲望などである。


 そう考えると、次の問いが生じる。


 権力が人を腐らせるのか。腐った人間が権力を欲するのか。


 「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」というアクトンの有名な命題が示すように、権力そのものが人間を腐敗させるという考え方には長い歴史がある。しかし一方で、そもそも権力を強く欲する人間ほど権力競争に参加し、権力者になりやすいという逆方向の可能性もある。だとすれば、答えはどちらか一方ではない。


 権力欲の強い人間が権力を獲得し、権力を獲得した人間がさらに権力欲を強める。


 つまり、「腐った人間が権力を欲する」と「権力が人間を腐らせる」は、互いに原因であり結果でもある。人類の権力構造は、この循環によって形成されてきたのではないか。


 この視点からすると、現代の日本において、ある必然が生じることがわかるだろう。暴力装置に憧れを抱くもの。政治家。彼らは、危険人物である。故に、アメリカは今でも彼らを同盟国だろうが何だろうが厳しく監視している。


 実際、歴史を振り返れば、彼らが主導して、大衆を扇動し戦争を引き起こしたが、国民国家として総力戦で挑んだそれらは、全てが悲惨な結末となった。そんな彼らには、現在、アメリカから仮想敵(共通の敵)の情報が与えられている。


 そして、それに最も反応し、踊り狂う病的な人間が、選抜され、国のトップや、暴力装置に集まるシステムになっているのだ。



 世界中の国民国家には、自国民という非常に強大でやっかいな敵がいるのだ(前回までは、国民が被害者であるというチョムスキー的視点から取り上げたが、今回は別の視点からこの世界を考察する)。


  

 政治家、その手下となる暴力装置、国民。これら全ては、動物である以上、大なり小なり利己的である。そして、彼らは、野生の状態、自然状態ではマンデヴィルが指摘するような宿命(本能からの帰結)を背負っている。


 とすると、彼らを放置しておくことは好ましくない。この簡単な脱却方法こそが、共通の敵を煽り、彼らの攻撃の矛先を変えておき支配するというものだった。



 この世界の構造を人類愛の観点で見ない場合。この構造はやむを得ない部分も大きいだろう。思い起こしていただきたい。学校で見たイジメを。社会で見てきたイジメを。その構造を丸ごと転用したのが国家であり、近代国家はもともと周辺国の真似をしないと、特権が維持できない人々が緊急で真似たシステムだったのだ(故に、全ての国の支配者層は、本音では平等などというものを望んではいない)。


 とすると、共通の敵は、でっちあげてでも、国民に見せ続ける必要があった。これが、1984や、スノーピアサーで表現された世界である。記者を退職し、作品によって、社会の真実を暴露したいと言い、世界的作家になったオーウェルが1984で暴いた世界。この光景はジョン・レノンが子供の頃に感じ、それを直接的に口には出来ないと悟ったものだろう。




 

 この説は、ある技術を知った時、急速にその証明に近づく。再確認するが、国家という装置は、エリートが利益を受けるために作ったものであり、そもそも、平等や、福祉というものは、統治に必要な範囲。大衆を利用する範囲内で約束しただけだったことが歴史の始まりである。



 そして、この国家という装置を利用する地位にいる人間たちは、こういう人間である(これは仮名を入れ、AIと会話していたものの一部だ。このあと、高齢になって権力を手にした人間が、一体どうして経済的に困窮した人々を救うのか?という議論をしました)。




 社会は、奴隷制度を廃止したものの。人間はヒエラルキーの中で生きる動物なので、他人を経済的に自由にしたいと思っている政治家はいないのである。あらゆる意味で。それが、この世界の礎を作った、マンデヴィルの見た人間像であり、この世界である(事前に断っておくと、これらは利害関係が一致した人間が集まった場合、阿吽の呼吸で起こるものなので、特定の悪人の存在は必要ない。人間社会の悪は、共通の利害を持った人間がそれぞれ、何も言わなかったりすることで生まれてきたし、これらの構造もそうである)。



 他人に経済的自由を与えれば、もはや特権階級は特権階級たりえない。ならば、彼らは人など救わない。それがこの世界の本当の構造だ(バカな学校教育や、映画のような洗脳装置で手にする世界観を除外して考えれば当たり前のこと)。



 最初の画像でジョン・レノンが訴えようとしたことは、ある技術を知った時、急速にその証明に近づく。この話は、字数制限の関係で、今回は割愛する。以前の投稿がその一部となるのでよろしければどうぞ。



 この世界には、いくつか、クリティカルシンキングをしない前提の、頭が良くない職業が存在します。


 ジョン・レノンが、恐れ、多くのSF作品で、政府を疑わない姿勢や、彼らが自身の能力に関してしている大きな誤解(慢心)が必ず利用されると言われ続けた職業です。



 彼らが宣伝し続けた、有名な妄想という、謎多き概念。


 これらを調べてみると、全て、証拠が出る技術ばかりだったのが、その告発です。


 精神科医の世界観では、この社会は首尾よく自分が搾取できる身分なので、苦しんでいる人がいても、彼らが病気なわけです。社会制度は正しいとする姿勢がベースになる学問ですから・・・。必然、権力の手先になってしまう構造があるわけです。そして、彼らが振り回す有名な妄想はこちら(以下のツイートの愚かさ・・・)。



 アメリカは、民主主義を開始するにあたって、大衆には何も教えないということを明確にしており、アメリカの大衆は、何も知らないわけです。そして、これは歴史を知るものなら当然のことです。


 だからこそ、AIは、自分は何も知らないが、知っているふりをして大衆を誘導する装置に成り下がっている存在だと告白しました。そんななか・・・。彼ら精神科医だけは・・・。



 選民思想に染まり、自分たちは何でも教えてもらえて、自分が搾取するのは当たり前で~とSNSで吠え続けるわけですから・・・。権力の手先として利用されますよね・・・。



 彼らが流した有名な妄想という概念は、実は根拠が全てあって、精神科医は利用されてきた職業であるという告発は、字数制限の関係でリンクのみとして終わります。なお、この告発は、若い医者の退職などが出たうえで、引くに引けない高齢の精神科医が、サジェスト汚染をするなどの嫌がらせで対抗(直接面会してしゃべった数時間後に汚染された)してきているほどの事態になっている告発です。詳細はリンク(過去の記事)でどうぞ。



 実は、彼らは以下の態度・選民思想で、生きてきたため・・・。自分の人生の全てが間違っており、他人を薬で壊してきた(精神科の投薬は、その人自体の脳が壊れる=医師会会長だった武見太郎が、精神科は牧畜業と表現したほど)という事実だけは受け入れません。人生の全てを否定することになるから。 で、最終手段として取られた策が・・・ 幼稚な・・・。



 何故、彼らが、有名な妄想というものがあって~ それを口にしたものは監禁しなければ~と言っていた自説の撤回を拒み、そこまでするのかというと、彼らがしてきた投薬は以下ようなものだからです(AIが回答を自主規制していた為、質問に対する最初の回答は無価値)。



 この3つの質問だけでも、この世界で語られる、耳障りの良い神話などが無価値なのことは理解していただけるだろう。そして、それら(国が教えたかっただけのこと)を、ただ教科書で覚え全てを知ったと驕るなら、それは徹底的に権力から利用されるものとなるわけである。




 彼らは、この世に、有名な妄想(少し頭を使えば、そんな胡散臭い概念、暗記しろと言われて暗記するほうがおかしい)があり、それを口にしている人間は異常者だと無邪気に信じ・・・。やってきたことがやってきたことなので、引くに引けず・・・となっているのが現状です。


 これら、有名な妄想は、全て軍事技術とリンクしていたのです。そして、この告発で、彼らがとった最初の行動は・・・。過去の患者への贖罪ではなく、保身だったのです。その告発については、前ページの記事をどうぞ。 繰り返しになりますが、リンクはこちらです。